取材日:2026年4月20日
聞き手・取材・文・撮影/援むすび山口編集長・地産地消プロデューサー 重村光寛
今回のゲスト・山口県漁協共同組合 田布施支店 大内勝利さん


援むすび山口ファーストシーズンの頃、私たちがお世話になった一人に、田布施町で漁師をされている大内勝利さんがいます。当時、援むすび山口ネットマルシェでも登場した、曳縄船隊サワランジャーのサワラ。
援むすび山口がスタートした頃に、大内さんが「サワラ」を提供してくださったことを思い出すと、今回の取材には、援むすび山口のヤスベェ応援団長も駆けつけてくれました。あの時も印象的でしたが、改めてお話を伺うと、やはり大内さんはただの漁師さんではありませんでした。
サワラの価値を変えた人。
田布施の海を知る人。
そして、なぜか話せば話すほど、いろいろな引き出しが出てくる人。
今回は、ヤスベェ応援団長の推薦で、山口県漁業協同組合 田布施支店へ。
前回に続き、会議室でじっくりとお話を伺いました。

1|大阪から田布施へ。子どもの頃から海が好きだった
大内さんは大阪出身。
もともと田布施町に縁があったわけではありません。
大阪では設計の仕事をしながら、フライングディスクの実業団にも所属。
でも、心のどこかにはずっと「漁師になりたい」という思いがあったそうです。
その原点は、子どもの頃の海。
お父さんの実家が愛媛県宇和島にあり、夏休みになると海で過ごす時間が多かった大内さん。
魚屋さんや仕出しの仕事も身近にあり、魚を食べること、海で遊ぶこと、魚に関わることが自然に生活の中にあったそうです。
「毎日、海で遊んでいたら楽しすぎて」
そのひと言が、大内さんらしい。
難しい理由よりも、まず“好き”が先にある。
そして30歳を前に、人生の方向を大きく変えることになります。


2|「そんな釣りで飯は食えん」と言われたところから始まった
田布施町で漁師として歩み始めた大内さん。
最初は建網とナマコの底引きを教わりながら漁をしていました。
しかし、それだけではなかなか水揚げが伸びない。
年間300万円ほどの水揚げで、生活としては厳しい状況だったといいます。
そこで目をつけたのが、タチウオの釣り。
ところが、当時の田布施では底引きが主流。
釣りで漁をする大内さんに、周囲からはこう言われたそうです。
「そんな釣りで飯は食えんぞ」
でも、大内さんはやってみた。
そして、結果としてタチウオで水揚げを600万円ほどまで伸ばしたそうです。
これ、山口県民が好きな話です。
「最初は変わり者扱いされたけど、結果で見返した」パターンです。
でも、大内さんの本当の面白さはここから。
タチウオを釣っている時に、たまにサワラが混じって釣れるようになります。
その“たまに釣れるサワラ”が、のちに田布施の漁業の見方を変えていくことになります。

3|山口では“西京焼きの魚”。でも関西では“刺身の高級魚”
当時、山口県でサワラといえば、網で獲られて、西京焼きなど加熱して食べる魚という印象が強かったそうです。
「刺身で食べる」という感覚は、今ほど一般的ではありませんでした。
ところが、大内さんの感覚は違いました。
関西では、サワラは刺身やたたきで食べる魚。
しかも、きちんと扱えば高級魚として評価される魚でした。
田布施の海でサワラが飛んでいる。
でも、誰も本気で狙っていない。
大内さんは思ったそうです。
「いっぱいおるじゃん。なんでこれ釣らんのやろ」
ここが面白いところです。
地元の人にとっては“当たり前すぎて見えていないもの”。
外から来た人だからこそ気づく価値。
援むすび山口が大事にしている「知ると好きになる」の入り口は、まさにここにあります。

4|サワラは、釣った瞬間から価値が決まる
では、なぜ大内さんのサワラは高く評価されるようになったのか。
答えは、とてもシンプルです。
扱い方が違う。
サワラは、雑に扱うと身が割れたり、臭みが出たり、刺身では食べにくい状態になります。
大内さんは、釣り上げた瞬間からサワラを丁寧に扱います。
魚を持ち上げて「釣れたぞー」と見せる。
これは大内さんに言わせると、もうアウト。
釣り上げたら、マットにそっと寝かせる。
締める。
血抜きをする。
しっかり冷やす。
魚体を傷めないように扱う。
一匹一匹を、まるで一人一人に向き合うように扱う。
たくさん獲るのではなく、価値を落とさない。
ここに、大内さんの漁師としての哲学があります。
山口県民としては、ここを知ると急にサワラが食べたくなります。
ただの魚ではなく、「この人がここまで丁寧に扱ったサワラなら食べてみたい」と思えるからです。


5|“誰が獲ったかわからない魚”を、“指名される魚”へ
大内さんのサワラが評価されるようになっても、最初は市場では「山口県のサワラ」としてひとまとめに扱われていました。
どれだけ丁寧に処理しても、誰が獲ったサワラかわからない。
良いものも、そうでないものも、同じ箱の中で同じように扱われる。
そこで大内さんが始めたのが、シールによる差別化です。
自分が丁寧に鮮度管理したサワラに、サワランジャーのシールを貼る。
つまり、ブランド化です。
ここで生まれたのが、曳縄船隊サワランジャー。
最初は大内さん一人。
いわば“一人戦隊”です。
その後、周囲の漁師さんたちも「自分もシールを貼りたい」と参加。
色を変え、船名を変え、仲間が増えていきました。
これは単なるネーミングの面白さではありません。
「誰が、どう扱った魚なのか」を見えるようにした仕組みです。
良いものをつくるだけでは足りない。
良いものだと伝わる仕組みをつくる。
サワランジャーは、田布施の海から生まれた“漁業のブランディング”でした。


6|なぜ技術を教えるのか。答えは「みんなで良くなるため」
普通に考えると、自分だけが釣れる技術、自分だけが高く売れるノウハウは、隠しておきたくなるものです。
でも、大内さんは釣り方や締め方を周囲にも教えてきました。
理由を聞くと、返ってきた答えはとても自然でした。
「友達なんで」
「みんなで儲けりゃいいじゃん」
この軽さが、大内さんらしい。
でも中身は深い。
曳縄漁は、海の状況や魚の動きなど、操業中の情報交換が大切になります。
どこで釣れているのか。
どの深さなのか。
魚がどう動いているのか。
仲間がいるから見えることがある。
情報を出し合うから、漁全体が強くなる。
一時期は、技術を教えたあとに情報交換がうまくいかなくなったこともあったそうです。
それでも今はまた、大内さんの周りに人が集まり始めている。
結局、長く続くのは「自分だけ儲かればいい」ではなく、「一緒に良くなろう」とする関係なのかもしれません。
ここは、漁業だけでなく、地域づくりにも通じる話です。

7|田布施の海は、静かだけど面白い
田布施町の海の魅力について伺うと、大内さんは「サワラを釣るには、割と近いところで釣れる」と話されました。
そしてもう一つ、田布施は暮らしやすい場所でもあるそうです。
雨が少ない。
災害も少ない。
夏でも山から風が来ると涼しい。
場所によっては、エアコンがなくても過ごせるほどだとか。
そして、海の上に出る大内さんだからこそ知っている景色があります。
船から見る夕日。
瀬戸内海なのに、時期によっては太陽が海に沈む景色。
海の上に現れる虹。
ロケットの打ち上げのように見える光。
朝日に照らされ、観音様のように見えた空。
そして、海を泳ぐイノシシ。
田布施町、油断できません。
派手な観光地として語られる町ではないかもしれません。
でも、知る人だけが知っている景色がある。
まさに、援むすび山口が掘り起こしたい“地元の人も知らない地元の魅力”です。

8|これからの漁業に必要なのは、“たくさん獲る”より“価値を上げる”こと
大内さんは、これからのサワラについて楽観だけでは見ていません。
一時期増えてきたサワラも、獲りすぎればまた減ってしまう。
釣りと網では、獲れる量もまったく違う。
資源を守るためには、漁師側のルールや意識も必要になります。
大内さんの考え方は明確です。
安い魚をたくさん獲るのではなく、一匹の価値を上げる。
今まで2,000円だった魚を5,000円にできれば、獲る量を減らしても漁業は成り立つ。
これは、地産地消の本質にもつながります。
たくさん作って、たくさん売る。
それだけではなく、
「なぜ価値があるのか」を伝え、
「きちんと評価される価格」で届ける。
大内さんのサワラは、まさにその実例です。


ぶっちゃけインタビュー
Q1|好きな農林水産物・特産品・加工品は?
好きなものを聞いたはずなのに、最初に出てきたのはまさかの「マヨネーズがダメなんです」という話。
これが大内さんの面白いところです。
見た目だけで言えば、マヨネーズをたっぷりかけて食べそうな雰囲気もあるのですが、実は子どもの頃から苦手なのだとか。
そのため、外食でもあまり冒険しないそうです。
知らずにマヨネーズが入っていたら、もう食べられない。
だから全国どこへ行っても、安心して頼めるものを選ぶ。
このあたりの話だけでも、大内さんの飾らない人柄が伝わってきます。
そんな中で、山口のお土産としてよく持って行くと話してくれたのが「山焼き団子」。
見た目は決して派手ではありません。
でも、持って行くと若い人たちにも評判がいいそうです。
地味だけど、ちゃんと美味しい。
一度食べると、じわっと記憶に残る。
大内さんらしい選び方だなと感じました。

Q2|思い出のソウルフードは?
大内さんの思い出の味として出てきたのは、お母さんの煮込みハンバーグでした。
今年、お母様が亡くなられたあと、お姉さんが送ってくれた煮込みハンバーグ。
それを食べた時、大内さんは思わず泣きそうになったそうです。
大阪を離れて、田布施で漁師になり、長い年月が過ぎても、体が覚えている味があります。
お店の味ではなく、家庭の味。
派手なごちそうではなく、心に残っている味。
地産地消というと、どうしても農林水産物や特産品の話になりがちですが、実はこういう“思い出の味”も、その人をつくっている大切な食文化です。
田布施でよく行くお店としては、手打ちうどんの「かつのうどん」の名前も出てきました。
下関から田布施へ行って、お昼に何を食べようか迷ったら、早めの時間に行くのがよさそうです。
麺がなくなることもあるそうなので、そこは要注意です。


Q3|山口県内でおすすめの観光スポットは?
大内さんのおすすめは、やはり海でした。
しかも、ただの海ではありません。
船の上から見る田布施の海です。
船から見る夕日。
海に沈んでいくように見える太陽。
海上にかかる虹。
冬の朝に立ちのぼるけあらし。
そして、時には海を泳ぐイノシシ。
これはもう、普通の観光スポットではありません。
漁師さんだけが知っている、田布施の“海の劇場”です。
特に、瀬戸内海なのに太陽が海に沈むように見えるという話は印象的でした。
山や島に沈むのではなく、海に沈む。
その瞬間を見たら、きっと田布施町の印象が少し変わるはずです。
大内さんからいただいた写真を見ても、田布施の海は静かなだけではありません。
虹が出る。
空が燃えるように赤く染まる。
朝日が海面を照らし、霧のような空気が立ちのぼる。
何もない町ではなく、知っている人だけが知っている景色がある町。
田布施の海は、かなり奥が深いです。


Q4|大内勝利さんの素顔。実は、フライングディスク日本一
そして、大内さんのもう一つの顔。
それが、フライングディスクです。
一般的には「フリスビー」と言った方がわかりやすいかもしれませんが、正式にはフライングディスク。
大内さんは、この競技で全日本フライングディスク個人総合選手権大会の総合優勝を21回も誇る人物です。
漁師で、サワランジャーで、しかもフライングディスク日本一。
情報量が多すぎます。
始めたのは中学1年生の頃。
当時、近大附属高校の体育の先生だった方が全日本チャンピオンで、その先生との出会いがきっかけだったそうです。
海に向かってディスクを投げる。
すると、ディスクが風を受けて戻ってくる。
先生はそれをさっと取る。
その姿を見た大内少年は、「何それ?」と思ったそうです。
自分も投げてみる。
でも、ディスクは海へ落ちる。
もう一度投げても、また海へ落ちる。
でも、それが面白かった。
そこから40年以上。
大内さんは今もフライングディスクを続けています。
フライングディスクには、遠くに飛ばす種目、正確さを競う種目、ディスクを投げながら走る種目、団体競技のアルティメットなど、さまざまな競技があります。

アルティメットは、7対7でパスをつなぎ、相手のエンドゾーンでキャッチすると得点になる競技。
ディスクを持った人は走れないため、味方が走り、相手を振り切り、空中に浮くディスクをキャッチします。
ボールとは違い、ディスクには“対空時間”があります。
空中にふわっと浮く時間があるからこそ、走って追いつける。
そこに、他のスポーツにはない面白さがあるそうです。
しかも、大内家では家族もフライングディスクに関わっています。
お子さんたちも競技をしており、家族が集まる場所は、なんと試合会場になることが多いそうです。
普通の家族なら、正月に集まってご飯を食べる。
大内家の場合は、公園でフライングディスク。
しかも、軽く遊ぶレベルではありません。
本気です。
周りの人が思わず「何者?」と思うようなレベルで、家族そろってディスクを投げる。
ここまでくると、もう大内勝利さんという名前まで出来すぎています。
名前は勝利。
本当に勝っている。
漁師として海に向き合い、競技者として空にディスクを放つ。
大内さんの魅力は、この不思議な組み合わせにもあります。
真剣だけど、どこかユーモラス。
すごい人なのに、話していると自然体。
このギャップこそ、大内勝利さんの素顔なのかもしれません。

山口直送!トリビアな話
瀬戸内海なのに、太陽が“海に沈む”田布施の海?

田布施町の海には、ちょっと不思議な表情があります。
瀬戸内海と聞くと、島や陸地に囲まれた穏やかな海を思い浮かべる人が多いかもしれません。
夕日も、山や島の向こうに沈んでいく。
そんなイメージがあります。
ところが、大内勝利さんによると、田布施の海では時期や場所によって、太陽が海の向こうへ沈んでいくように見える瞬間があるそうです。
えっ、瀬戸内海なのに?
そう思った方。
そこが、今回のトリビアです。




大内さんから見せていただいた写真には、田布施の海の“知られざる顔”が写っていました。
港を大きく包み込むような虹。
海の上にふわっと浮かぶ虹色の光。
空と海が真っ赤に染まる夕景。
朝日に照らされ、海面から湯気のように立ちのぼる「けあらし」。
どれも、観光パンフレットに載っている名所とは少し違います。
その時間に、そこにいなければ出会えない景色。
毎日海に出る漁師さんだからこそ知っている、田布施の海の表情です。
さらに大内さんは、海の上で虹を見たり、朝日が観音様のように見えたり、時にはイノシシが海を泳いでいる姿を見ることもあるそうです。
田布施町、なかなか油断できません。
派手な観光地ではないかもしれません。
でも、知れば知るほど「えっ、そんな景色があるの?」と思わせてくれる町です。
田布施の海は、ただ穏やかなだけではありません。
静かな海の中に、神秘的な瞬間がいくつも隠れています。
知ると好きになる。
知ると、見に行きたくなる。
そして好きになると、逢いに行きたくなる。
大内さんの写真を見ながら、田布施の海には、まだまだ言葉にされていない小さな物語が眠っていると感じました。


取材後記|援むすび山口編集長/地産地消プロデューサーとして
今回、大内勝利さんの取材で特に印象に残ったのは、サワラの話でも、サワランジャーの話でも、フライングディスク日本一の話でもありませんでした。
一番心に残ったのは、思い出のソウルフードについて伺った時のことです。
大内さんが話してくれたのは、お母さんの煮込みハンバーグでした。
今年、お母様が亡くなられたあと、お姉さんが送ってくれた煮込みハンバーグを食べた時、「おかんの味や」と思い、泣きそうになったそうです。
その話をされている時の大内さんは、いつもの明るく飾らない雰囲気とは少し違っていました。
言葉の奥に、家族への想いと、長い時間を超えて残っている“味の記憶”がありました。
地産地消というと、どうしても「地元で獲れたもの」「地元で作られたもの」に目が向きます。
もちろん、それはとても大切です。
でも、食の本当の価値は、食材そのものだけではありません。
誰と食べたのか。
どんな時間の中で食べたのか。
どんな記憶と一緒に残っているのか。
そこまで含めて、人にとっての“美味しい”はできているのだと、改めて感じました。
大内さんのサワラも同じです。
ただ新鮮だから美味しいのではありません。
大内さんが海と向き合い、一匹一匹を丁寧に扱い、その価値を伝えようとしてきたからこそ、美味しさに物語が生まれています。
田布施の海、大内さんのサワラ、そしてお母さんの煮込みハンバーグ。
一見、別々の話のようで、すべて根っこはつながっているように感じました。
食は、人を思い出させる。
食は、土地を思い出させる。
食は、その人の人生まで映し出す。
今回の取材で、大内勝利さんという人の奥にある、やさしさと強さに触れた気がしました。


田布施町で活躍される漁師・大内勝利さんより、読者の皆さまへプレゼントをいただきました!

今回ご提供いただいたのは、大内さんが世界レベルで活躍されている競技でもある「フライングディスク」です。
漁師としてサワラの価値を高める取り組みを続ける一方で、フライングディスクの分野でも第一線で挑戦を続ける大内さん。
海とフィールド、どちらでも“本気”で向き合う大内さんの魅力が詰まったプレゼントです。
今回は、このフライングディスクを2名様にプレゼント。
ぜひ手に取って、その魅力を体感してみてください。
応募は「援むすび山口 公式LINE」から
友だち追加後に表示される応募フォームよりご応募ください。

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