取材日:2026年5月28日
聞き手・取材・文・撮影/援むすび山口編集長・地産地消プロデューサー 重村光寛
今回のゲスト・山口ふく太郎・ふく子さん

今回、援むすび山口の地産地消プロデューサーとしてインタビューさせていただいたのは、「平生町住みます芸人」「地域おこし協力隊」として活動されている、山口ふく太郎・ふく子さん。お二人は、吉本興業所属の本物の夫婦漫才コンビです。
ふく子さんは山口県周南市出身。ふく太郎さんは埼玉県出身。東京で出会い、夫婦となり、芸人として活動を続ける中で、2016年から「山口県住みます芸人」として山口県へ。そこから県内各地で活動を重ね、2024年からは家族で平生町に移り住み、町の魅力を発信する立場として活動されています。
インタビューは、過去一の超ロングインタビューになりました。それもそのはず。このお二人の平生町愛が、濃すぎるのです。


①援むすび山口地産地消インタビュー!
平生町への移住は、突然ではなく“ご縁の積み重ね”だった


平生町へ移住することになったきっかけは、平生町の方から吉本興業へ、「町の地域おこしに吉本の芸人さんに関わってもらえないか」という話があったことでした。しかし、お二人にとって平生町は、まったく知らない町ではありませんでした。
山口県住みます芸人として活動を始めた当初から、県内19市町へ挨拶回りをされていたお二人。その中で平生町とのご縁も生まれていました。平生町の大きなお祭りである「平生産業まつり」の司会を務めたり、「イタリアーノひらお」の除幕式にも関わったりと、平生町にはすでに良い思い出がたくさんあったそうです。ふく太郎さんにとって、平生町は「仕事として手応えのあった町」。ふく子さんにとっても、周南市で生まれ育ったからこそ、平生町で暮らしてみて初めて気づいたことがありました。それは、住む場所はちゃんと選んだ方がいい、という実感です。
周南市で暮らしていた頃は、それが当たり前の山口県だと思っていたそうです。しかし、平生町に移り住んでみると、自然があり、ゆったりしていて、それでいてスーパーや病院など生活に必要なものも車で行ける距離にある。
いわば、ちょうどいい田舎。
不便すぎない。でも、慌ただしすぎない。その絶妙な距離感こそが、平生町で暮らす魅力なのだと感じました。


子どもたちが教えてくれた、平生町の受け入れる力


移住は、大人だけの問題ではありません。お二人にはお子さんがいらっしゃいます。平生町への移住を決めた時、お子さんたちは最初、周南市の友だちと離れることを嫌がったそうです。それは当然のことです。住み慣れた場所を離れる。友だちと別れる。知らない学校へ行く。大人の都合で決まった移住は、子どもにとって大きな不安だったはずです。しかし、平生町の学校に通い始めると、その不安は少しずつ変わっていきました。
野球をしていることをきっかけに、平生町の子どもたちがすぐに声をかけてくれたこと。ふく太郎・ふく子さんのお子さんだと知って、まわりの子どもたちが自然に集まってくれたこと。学校から帰ってきた時、「今日どうだった?」と聞くと、初日から「楽しかった」と返ってきたこと。その話を聞いて、平生町の魅力は景色や食べ物だけではないと感じました。
移住者を受け入れる力。
子どもを地域で見守る空気。
知らない人を、少しずつ“町の人”にしていく柔らかさ。
平生町には、そんな目に見えにくい魅力があります。ふく子さんは、雨の日にお子さんが地域の方に車で送ってもらった話もしてくださいました。都会的な感覚だけで考えれば、知らない人の車に乗ることは不安に感じるかもしれません。でも、平生町では「あの子はふく太郎さんの息子さん」と地域の人が知っている。お互いを知っているからこそ成立する見守りがあります。もちろん、すべてを単純に良い話として済ませることはできません。それでも、地域の中で子どもたちに声をかけることすら難しくなっている今の時代に、平生町にはまだ、人と人が自然につながる空気が残っているのだと思いました。


平生町住みます芸人・地域おこし協力隊としての活動


現在、お二人は「平生町住みます芸人」「地域おこし協力隊」として、町のさまざまな活動に関わっています。平生産業まつり、駅伝、20歳の集いなど、町の行事を盛り上げる司会や進行。地域交流センターで行われるサークル活動への参加。卓球、バドミントン、健康麻雀など、町民の方々と同じ目線で関わる活動もされています。また、平生町の朝の様子を日々発信したり、BSよしもとの番組を通じて、町の人や場所、出来事を紹介したりと、芸人としての発信力を活かしたPRにも取り組まれています。

ここで大切なのは、お二人が単に「町を宣伝している」のではないということです。
町の中に入っている。
町の人と話している。
町の行事に出ている。
町の畑に立っている。
町の人から野菜や魚をもらっている。
つまり、お二人の言葉には、暮らしている人の実感があります。だからこそ、平生町のPRが“広告”ではなく“会話”になるのだと思います。


芸人だからできる、平生町の伝え方

普通の行政PRでは、なかなか言いにくいことがあります。たとえば、道にカニが歩いている話。ふく太郎さんは、芸人という立場だからこそ、そういう小さな出来事も面白く発信できると言います。平生町は干拓の歴史を持つ土地でもあり、海や水辺の気配が暮らしの中に残っています。そうした町の特徴を、難しい説明ではなく、笑いを交えながら伝える。そこに、お二人ならではの強みがあります。ふく子さんも、町の人から声をかけられることが多いそうです。


テレビで見たよ。
この前のイベント、楽しかったよ。
ちょっと聞いてほしいことがあるんよ。
そうやって話しかけられ、気づけば町の方の相談相手のようになっていることもあるそうです。
芸人であること。
夫婦であること。
家族で移住していること。
テレビやイベントで顔を知ってもらっていること。
それらが重なって、お二人は町の人にとって「話しかけやすい存在」になっているのだと思います。20歳の集いで司会を務めた時には、若い世代からも「楽しかった」「一生の思い出になった」と声をかけられたそうです。ご年配の方だけでなく、若い世代にも届く。これは、地域おこしにおいてとても大きな価値です。


平生町の人は、“持っていき”ではなく“もぎにきぃ”



今回のインタビューで、強烈に印象に残った言葉があります。それが、「もぎにきぃ」です。平生町では、みかん、金柑、さくらんぼ、いちじく、みょうが、柿など、地域の方から「うちにあるけぇ、もぎにきぃ」と声をかけられることがあるそうです。ただ「持っていき」ではありません。
「もぎにきぃ」。
つまり、自分で取りにおいで、ということ。この言葉には、平生町の人との距離感が詰まっています。
家にいなくてもいい。
勝手にもいで帰っていい。
あるものを分ける。
手間をかけずに、でもちゃんと相手を思っている。

これは単なる物のやり取りではありません。平生町の人たちは、食べ物だけでなく、体験も分けてくれるのです。実際に、ふく子さんが身につけていた白い手編みのベストも、平生町の方からいただいたものだそうです。玉ねぎの収穫体験を子どもたちにさせたいと声をかけてくれる人もいる。犬の散歩に出ると、しめ鯖や新玉ねぎをもらって帰ってくることもある。散歩に出たはずなのに、帰ってくる頃には何かが増えている。
それが平生町。
この町には、ギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブの精神があるのかもしれません。


平生町は、アドベンチャーである



町外の人に平生町を紹介するとしたら、どこを見てほしいですか。そう尋ねると、ふく子さんから返ってきた答えは、少し意外なものでした。
海がきれい。
山がきれい。
食べ物が美味しい。
もちろん、それも平生町の魅力です。でも、ふく子さんはそれだけで片づけたくないと言います。ふく子さんにとって、平生町は「アドベンチャー」なのです。平生町には、車が入れないような細い道があります。家と家の間に、昔からの暮らしを感じる道が残っています。犬の散歩をしながら、「この道はどこにつながっているんだろう」と思う。行ってみると、思いがけない場所に出る。そこにワクワクがある。


さらに、平生町は水の気配が濃い町です。
山から水が流れ、川があり、用水路があり、小さな橋がいくつもあります。大きな橋だけではなく、家の前にかかる小さな橋。田んぼと家をつなぐ生活の橋。そうした風景の一つひとつが、ふく子さんにとっては発見なのだそうです。そして、川をのぞくと、鯉や亀だけでなく、フグがいたこともあるとか。川にフグ。それはもう、アドベンチャーです。平生町の魅力は、観光パンフレットに載る名所だけではありません。
何気ない道。
小さな橋。
川の中の生き物。
人の家の前に残る暮らしの風景。
そして、歩いているうちに出会う人。
平生町は、地図だけではわからない町です。歩いて、のぞいて、話して、発見する町なのです。
イタリアーノひらおと、イタリアントマト

平生町では、「イタリアーノひらお」というまちづくりの一環として、イタリア野菜の栽培にも取り組まれています。山口ふく太郎・ふく子さんも、イタリアントマトを中心に、ナス、ズッキーニ、バジルなどの栽培に挑戦されています。畑を貸してくださっているのは、地域の中本さんご夫妻。畑を貸すだけでなく、トラクターをかけたり、イノシシ対策の柵を準備したりと、ここにも平生町らしい温かい支えがあります。その畑では、子どもたちに向けた「イタリアントマトを収穫しチャオ!」という収穫体験イベントも開催されました。さらに、地域の方が山から竹を切り出し、本物の竹を使った流しそうめんまで準備されたそうです。ただ収穫するだけではなく、地域の人と一緒に体験する。そこに、平生町ならではの地産地消の魅力があります。
一方で、農業は楽しいことばかりではありません。昨年はイノシシの被害に遭い、収穫できたのはごく一部だったそうです。大切に育てた作物が荒らされる。その経験を通して、お二人は農業の大変さや、生産者の方々の苦労も実感されました。地産地消とは、ただ地元のものを食べることではありません。誰が、どこで、どんな思いで育てているのかを知ること。作る大変さを知るからこそ、食べる喜びも深くなる。山口ふく太郎・ふく子さんのイタリアントマト栽培は、平生町の魅力を伝えるだけでなく、「知ると好きになる。知ると美味しくなる。」という援むすび山口の考え方にもつながる取り組みだと感じました。
これからの展開。加工品、学校、イベントへ

お二人は、イタリアントマトを使った加工品づくりにも関心を持たれています。トマトジュースやケチャップなど、平生町の加工場と連携しながら、将来的な商品化を見据えた取り組みも検討されているそうです。
ただし、地域おこし協力隊として活動している期間中は、商品として販売することには一定の制限があるため、現在は試作や準備を進めている段階です。まずはイベントでスープとして提供し、多くの方に味を知ってもらいながら反応を確かめ、今後の商品化につなげていきたいと考えられています。
地域の大人が育てた野菜を、地域のイベント料理にする。
それを町の人が食べる。
そこから平生町の新しい物語が生まれる。
地産地消は、ただ地元のものを地元で消費するだけではありません。
人と人が関わること。
世代をつなぐこと。
体験として記憶に残すこと。
そこまで含めて、地産地消なのだと思います。

②援むすび山口ぶっちゃけインタビュー!
山口ふく太郎・ふく子さんの“山口愛”を教えてください!

平生町への移住、地域おこし協力隊としての活動、イタリアントマト栽培の話をたっぷり聞いたあとは、お二人の“人柄”に迫るぶっちゃけインタビュー。
山口ふく太郎・ふく子さんが好きな山口県の味、思い出のソウルフード、おすすめの場所、そして意外な素顔まで、笑いを交えながらお話を聞かせていただきました。
Q1. 個人的に好きな「農林水産物・特産品・加工品」は何ですか?

ふく太郎さんが挙げてくださったのは、岩国の押し寿司。何段にも重ねた寿司を、上からしっかり押し固めてつくる、その大胆な作り方がとても印象に残っているそうです。「まず美味しかった」という味の魅力はもちろんですが、ふく太郎さんが惹かれたのは、そのつくり方の面白さでした。食べ物を“踏む”ようにして押し固めるという、初めて見た人には驚きのある郷土料理。そこに、山口県の食文化の奥深さを感じたのかもしれません。

一方、ふく子さんが熱く語ってくださったのは、平生町のアルギットみかん。「水っぽくなくて、味が濃い。酸味もほどよくあって、甘さもある。本当に美味しいんです」ふく子さんの言葉からは、ただ好きというよりも、この味を残したい、もっと多くの人に知ってほしいという想いが伝わってきました。アルギットみかんは、海藻由来の肥料を使うことで、ミネラルを含んだ濃厚な味わいが特徴とされています。しかし現在、生産者は少なくなっているとのこと。ふく子さんは、その美味しさを知っているからこそ、「このみかんが途絶えてしまうのは悲しい」と感じているそうです。さらに、平生町のみかんジュースもお気に入りとして名前が出ました。その土地で育った果実を、加工品として味わう。そこにも、地産地消の楽しさがあります。
Q2. 想い出の“ソウルフード”を教えてください。

ふく太郎さんの思い出のソウルフードとして出てきたのは、埼玉県北本市のダイエーのフードコートにあった「スガキヤ」のラーメン。中学生の頃、友だちと集まり、280円のラーメンを食べていた思い出があるそうです。お金が足りなければ一杯。足りれば二杯。白濁したスープに、ネギ、メンマ、チャーシューがのったシンプルなラーメン。味そのものだけでなく、友だちと過ごした学生時代の記憶まで一緒に思い出す一杯です。話の中では、埼玉県行田市のゼリーフライや、新潟の「イタリアン」の話も出ました。ゼリーフライは、ふく太郎さんにとって子どもの頃から身近だった食べ物。新潟の「イタリアン」は、焼きそばの上にミートソースがかかった印象的な一品として、思い出に残っているそうです。

ふく子さんのソウルフードとして出てきたのは、周南市の思い出。ひとつは、モンマートキタニの肉まん。そしてもうひとつが、リボン商店街の中にあったスーパー「たから」内の軽食店「ザ・レモン」です。昔は土曜日にも学校があり、帰りに家族で立ち寄ることがあったそうです。たこ焼き、焼きそば、ソフトクリーム、かき氷などが食べられる、子どもにとってはちょっと特別な場所。何を食べたかを細かく覚えているというより、その場所に行ったこと、その時間を家族で過ごしたことが、ふく子さんにとってのソウルフードになっているのだと感じました。
Q3. 山口県内でおすすめの観光スポットは?
ふく太郎さんのおすすめは、萩市の須佐大橋周辺。仕事の移動中は、普段なら寄り道をせず、現場に行って、終わったらすぐ帰るタイプだそうです。それでも、須佐大橋のあたりだけは車を止めて、「ちょっと降りよう」と思ったとのこと。橋の上から見る渓谷の景色がとてもきれいで、思わず足を止めたくなる場所。仕事の移動中であっても、一度立ち止まりたくなる景色がそこにはあったそうです。


ふく子さんが挙げたのは、平生町の丸山海浜パーク。ただし、いわゆる整備されたきれいな場所というより、ゴツゴツした石のある海辺の方が好きなのだそうです。その理由は、子どもの頃の記憶にありました。ふく子さんのお父さんは周南市の大津島に縁があり、子どもの頃、お盆やお正月に大津島へ行くことがあったそうです。そこで、石をめくってゴカイを採り、キス釣りをする。丸山海浜パークの石場は、その幼い頃の記憶に似ているのだそうです。きれいに整った観光地よりも、石をめくると何かがいるかもしれない場所。そこにも、ふく子さんらしい“アドベンチャー”の感覚が表れていました。


Q4. 山口ふく太郎・ふく子さんの“素顔”を教えてください。

ふく太郎さんは、舞台やテレビではよく話すイメージがありますが、実は家では意外と静かなタイプだそうです。昔は自分が前に出て話すことが多かったそうですが、いつからか、人の話を聞く方が楽しくなってきたとのこと。趣味は、お子さんが野球をしていることもあり、今は野球が大好き。音楽では、THE BLUE HEARTSや長渕剛さんが好きだと話してくださいました。さらに、料理も得意です。東京で芸人として活動していた頃、仕事が少ない時代には、キッチンのアルバイトを10年以上していたそうで、料理にはかなり自信があるとのこと。一方で、意外な弱点もあります。修理が苦手。自転車のパンクを直そうとして、逆に穴を増やしてしまったこともあるそうです。そして、ふく子さんいわく、ふく太郎さんは「ケチ」でもあるとのこと。無料のものが大好きで、精米機でもらえる米ぬかを持ち帰り、それを使って油汚れを落とそうとしたこともあったそうです。結果、きれいにはなったものの、ガス代がかかりすぎたというオチまでついていました。太っ腹に見えて、実は節約家。人から「持っていって」と言われたら、遠慮なくしっかり持って帰る。そんなところも、平生町の「もぎにき」文化と相性がいいのかもしれません。


ふく子さんの素顔は、見た目の明るさや可愛らしさの奥にある、圧倒的な行動力です。山口県へ戻ることを決めたのも、ふく子さん。さらに、夫婦漫才を本気でやるなら宮川大輔・花子師匠しかいないと考え、イベント先まで会いに行き、「弟子にしてください」と直接お願いしたのも、ふく子さんだったそうです。ふく太郎さんが一歩引いてしまう場面でも、ふく子さんは前に出る。その姿に、ふく太郎さんも「男気がある」と話します。
また、若い頃にはお菓子に興味を持ち、製菓学校に通ったこともあるそうです。ただ、ケーキをまっすぐ切る細かい作業が苦手で、「自分には向いていない」と気づいたとのこと。さらに、クワガタを幼虫から育てているという意外な一面も。明るく、勢いがあり、大雑把なところもある。でも、決める時は決める。動く時は動く。ふく太郎さんが笑いをつくり、ふく子さんが舵を取る。お二人の関係性は、まさに夫婦漫才そのものです。

③中村店長の「山口直送!トリビアな話」
平生町には、ピザ生地を投げて競う「ピッチャオ」がある


平生町には、ちょっとユニークな新しいご当地競技があります。それが、ピザ生地を投げて的を狙う競技「ピッチャオ」です。
この競技は、平生町住みます芸人・地域おこし協力隊として活動する山口ふく太郎・ふく子さんが考え、広めようとしている平生町らしい新しいスポーツ。そして今回の援むすび山口インタビューで、援むすび山口のヤスベェ応援団長が「ピッチャオ」と命名しました。
使うのは、本物のピザ生地ではなく、ピザ職人が練習用に使うようなゴム製の「ラバーピザ」。イタリア国旗をイメージした緑・白・赤のトリコロールカラーの的に向かって投げ、ラバーピザが的の中にすっぽり入ればクリア。少しでもはみ出したら失敗です。幼児や低学年は近い位置から、中学年・高学年は少しずつ距離を変えて投げるため、年齢や体格差があっても楽しめるのが特徴です。名前の「ピッチャオ」は、ピザの「ピ」、投げる人の「ピッチャー」、イタリア語のあいさつ「チャオ」を組み合わせたもの。「ピザ生地を投げて狙っちゃおう」という遊び心も込められています。
平生町では、「イタリアーノひらお」というイタリアをテーマにしたまちづくりが進められています。「ピッチャオ」は、その取り組みを子どもから大人まで楽しく体験できる、平生町らしい新しいご当地競技です。
今回の援むすび山口インタビューで命名されたこのスポーツ!
きっと平生町らしい新しいご当地競技になることでしょう!


取材後記|援むすび山口編集長/地産地消プロデューサーとして

今回の山口ふく太郎・ふく子さんへのインタビューは、援むすび山口 平生町編の中でも、過去一番のロングインタビューになりました。理由は、とてもシンプルです。お二人の平生町愛が、とにかく濃い。平生町で暮らし、町の人と関わり、子どもたちが学校に馴染み、畑に立ち、行事に参加し、いただいた野菜や魚を味わう。その一つひとつが、お二人の言葉になっていました。今回、特に印象に残った言葉は、「もぎにき」そして、「アドベンチャー」です。
「もぎにき」は、ただ食べ物をもらう話ではありません。そこには、地域の人との距離感や、分け合う心、人と人の関係性があります。「アドベンチャー」は、平生町の暮らしの中にある魅力を表した言葉です。細い道、小さな橋、水路、川、生き物、歩いて初めて見えてくる風景。平生町は、地図やパンフレットだけではわからない町なのだと感じました。そして、ピザ生地投げ競技「ピッチャオ」の話も、平生町らしい面白さでした。
「イタリアーノひらお」という町のテーマを、子どもたちが遊びながら体験できる形にする。これは、これから育っていく新しい地域文化の芽だと思います。今回の取材で感じたのは、平生町の魅力は、海や山や食材だけではなく、それを“体験”に変えてくれる人がいることです。みかんがあるだけではなく、「もぎにきぃ」と言ってくれる人がいる。畑があるだけではなく、「子どもたちに収穫させてあげたい」と思う人がいる。町の魅力があるだけではなく、それを笑いに変え、言葉に変え、発信してくれる山口ふく太郎・ふく子さんがいる。援むすび山口が大切にしている言葉があります。
知ると好きになる。
知ると美味しくなる。
好きになると逢いに行きたくなる。
今回の取材は、まさにその言葉を実感する時間でした。地産地消とは、ただ地元のものを食べることではありません。
土地を知ること。
人を知ること。
暮らしを知ること。
体験すること。
そして、その町に逢いに行きたくなること。平生町には、そのきっかけがたくさんありました。
「もぎにきぃ」
「アドベンチャー」
「ピッチャオ」
この三つの言葉を聞くだけで、少し平生町に行ってみたくなる。それこそが、地域の魅力が動き出す瞬間なのだと思います。


山口ふく太郎・ふく子さんより、読者プレゼントをいただきました!

3名様にプレゼント
BSよしもと・tys(毎月第3土曜日27時30分~)で放送中の「ふく太郎・ふく子の ひらお町で ひらがな引いて ギャグひらめいた。」オリジナルステッカーを抽選でプレゼント!
平生町の魅力を楽しく発信するふく太郎・ふく子さんから、援むすび山口の読者の皆さまへ素敵なプレゼントをいただきました。
応募は「援むすび山口 公式LINE」から
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