取材日:2026年8月28日
聞き手・取材・文・撮影/援むすび山口編集長・地産地消プロデューサー 重村光寛
今回のゲスト・國司グリーン/周防大島花木生産組合國司崇生(くにしたかお)さん


周防大島と聞けば、まず思い浮かぶのは「みかん」

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

海を望む山の斜面にみかん畑が連なり、代々受け継がれてきたその風景は、周防大島そのものと言ってもいいほど、この島の暮らしと深く結びついています。そんな「みかんの島」で、柑橘を育てながら、もう一つの農業としてアカシアやユーカリなどの花木を育て、全国の花市場へ送り出している農家がいます。

國司グリーン代表、國司崇生さんです。

現在、約30,000㎡の柑橘と約10,000㎡の花木を栽培。金葉アカシア「ツトム」、赤葉アカシア、銀葉アカシア、ユーカリなどの花木に加え、みかん、みかんジュース、レモン果汁なども手がけています。また、周防大島花木生産組合の組合長をはじめ、柑橘や農業に関わるさまざまな組織でも活動しています。今回の取材で見えてきたのは、「珍しいアカシアを育てている農家」という姿だけではありませんでした何をつくるのかだけでなく、誰に届けるのか、どこで売るのか、どうすれば農業として続けられるのかまで考える。そして、自分が見つけた方法を、自分だけの成功で終わらせず、地域の次の農家へつないでいく。國司さんの農業には、周防大島の未来につながる多くのヒントがありました。


① 援むすび山口地産地消インタビュー

① 360度みかん畑の中で育った少年が、農家になるまで

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

國司さんが育った家の周りには、みかん畑が広がっていました。小さい頃から家の農作業を手伝い、自分の将来を考える時にも、「いずれ自分もここでみかんをつくるのだろう」という感覚が、ごく自然にあったといいます。一方で、農業の厳しさをよく知るご両親は、固定給のない農家の生活を子どもに積極的に勧めることはありませんでした。高校卒業後は専門学校へ進み、その後、地元のスーパーマーケットへ就職します。転機が訪れたのは40歳の頃でした。

お父様が倒れ、家の農業をどうするのかという現実に直面します。

取材の中で國司さんは、「父親が倒れていなかったら、農業をやっていなかったかもしれない」と振り返りました。子どもの頃から心の中にあった「いつか農業を継ぐ」という思い。その「いつか」は、自分が想像していた形ではなく、突然やってきました。それでも國司さんは、受け継いだ農業をそのまま守るだけではなく、自分なりの農業へと少しずつ変えていくことになります。


②みかんを守る防風林に、「売れる価値」を見つける

國司さんが、みかんとともに大きな可能性を感じていたのが、金葉アカシア「ツトム」です。周防大島のみかん畑では、強い風から果樹を守るために防風林が植えられてきました。以前は杉やヒノキなどが使われることも多く、木が伸びれば剪定し、その枝は捨てたり燃やしたり、チップにすることになります。ところが、防風林としてアカシアを植えれば、みかんを風から守るだけではなく、切った枝そのものを花材として販売することができます。本来なら「処分するもの」だった枝が、「収入を生むもの」に変わるのです。

國司さんが話した、「捨てるところから、収入が上がる」という言葉が、この農業をとてもよく表しています。

金葉アカシア「ツトム」は、30年以上前、銀葉アカシアから枝変わりによって生まれたもの。発見したのは安村務さんで、その後、國司さんの父親の代から育てられてきました。國司さんは高校時代から、この珍しいアカシアに可能性を感じていたといいます。防風林だから、防風林としてだけ考えるのではない。地域に昔からあるものだから、当たり前のものとして見過ごすのでもない。

「これには、ほかの価値があるのではないか」そんな視点が、國司さんの農業の出発点の一つになっています。


③スーパーで過ごした20年間が、今の農業をつくっている

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

國司さんの農業経営を理解するうえで欠かせないのが、就農前の約20年間です。地元スーパーに勤務し、最初の10年間は精肉部門、その後の約10年間は管理職として店長も経験しました。商品の仕入れ、価格設定、売場づくり、季節ごとの販売、在庫管理、人員配置。農家になる前の國司さんは、長い間「売る側」で商品を見続けていました。精肉部門時代には、「捨てる部分をどれだけ減らせるかで売上は変わる」という考え方を学んだといいます。同じ肉でも、切り方や商品としての見せ方を変えれば、価値は変わる。その考え方は、農家になってからも変わりません。

みかんジュースも、アカシアも、コロナ禍で商品にした短い枝も、すべて根っこは同じです。國司さんは、農家になってから「販売」を学んだのではありません。20年間、「どうすれば商品が売れるのか」を考えてきた人が、その経験を持ったまま農業の世界へ入ったのです。ここが、國司グリーンの大きな特徴です。


番外編|「師匠は誰ですか?」意外な答えは“異世界転生”

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

取材の中で、國司さんに「経営の師匠と呼べる人はいますか」と尋ねました。そこで名前が挙がったのが、千鳥グループの山崎社長です。「一人挙げるなら100%山崎社長」と話すほど、仕事や考え方の面で多くのことを吸収してきた存在だといいます。

ところが、取材から数日後。

國司さんから、こんなメッセージが届きました。「『師匠は誰でしょう?』って質問があったんですが、ちょっと面白い答えが見つかりました」

その答えが、『Re:ゼロから始める異世界生活』。

現実の世界から、まったく異なる世界へ転生し、そこで自分の力を生かして生きていく物語です。國司さんは、自分自身の歩みとどこか重なると感じたのだといいます。スーパーという世界から、農業というまったく違う世界へ。けれど、前の世界で当たり前だった販売、物流、人員配置、売場づくり、商品を見る目は、農業の世界に入ると大きな武器になりました。繁忙期には人を雇い、みかんの収穫やアカシアの選別を進めます。そこで必要になる人員配置も、スーパー店長時代に何人で売場を回すかを考えていた経験の延長にあります。

さらに國司さんは、アニメや漫画、小説に登場する主人公たちの考え方にも影響を受けているといいます。逆境でも簡単にあきらめないこと。勝負する時には大胆に動くこと。そして、動く前には徹底して情報を集めること。『銀河英雄伝説』も、長く親しんできた作品の一つです。一見すると、農業とはまったく関係のない世界です。しかし、國司さんの市場開拓や情報収集の話を聞いていると、不思議とつながって見えてきます。

人から学ぶ。
仕事から学ぶ。
そして、物語からも学ぶ。

國司さんにとっての「師匠」は、一人ではないのかもしれません。


④「良いものをつくるだけでは売れない?」取材で返ってきた真逆の答え

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

今回、國司さんに、「良いものをつくるだけでは売れない、と感じたことはありますか」と尋ねました。すると、返ってきたのは予想とは反対の答えでした。

「逆に、いいものをつくってしまえば売れるんですよ」

その考え方を象徴するのが、みかんジュースです。当時、ジュース原料としてみかんを出荷すると、800kg、20kgコンテナ40ケースを出しても、受け取れる金額は約8,000円だったといいます。

「それなら、自分でジュースにした方がいい」

そこから、みかんジュースの商品化が始まりました。ただ、國司さんの言う「良いものなら売れる」は、良いものをつくって待っていれば自然に売れる、という意味ではありません。國司さんは、自ら販路を増やしてきました。JAへの出荷だけではなく、個人販売、直売所、Web、ふるさと納税、ギフトへと販売方法を広げ、自分の商品を必要としている場所を探してきました。

良いものをつくることが最初。

そのうえで、その価値を分かってくれる相手に届ける。國司さんの話を聞いていると、「つくること」と「売ること」は、別々の仕事ではなく、一つの農業なのだと感じます。


⑤地元の“当たり前”は、場所を変えると商品になる

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

國司さんと話していると、何度も登場する考え方があります。それは、「人がつくっていないものをつくること」、そして「必要としている場所へ持っていくこと」です。

東京へ行くと、周防大島では道端や畑の近くで普通に見かける植物が、花屋で一本の商品として販売されています。七夕の時期には、島では特別珍しくもない笹にも値段が付きます。地元では「当たり前」のものでも、場所が変われば欲しい人がいる。國司さんは、そこに価値を見つけています。大切なのは、珍しいものを探すことではありません。

誰にとって、その価値が必要なのかを考えること。

すでに多くの人がつくっているものを後から追いかけるのではなく、まだ供給の少ない場所や商品を探す。國司さんは、それを農業の「隙間」と表現します。私たち援むすび山口が大切にしている、

「あなたの当たり前が、山口県の魅力となる。」という考え方とも、まさに重なる話でした。


⑥「花、いりませんか?」自分で開いた、全国への道

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

金葉アカシアが全国へ広がるきっかけも、待っていて生まれたものではありません。ある時、國司さんはSNSで、東京のフラワーアレンジメントに自分たちのアカシアらしきものが使われていることに気づきます。調べていくと、大阪の市場を経由して東京まで届いていたことが分かりました。

そこで國司さんは、自ら東京の大田市場へ連絡します。写真を送り、さらに現物を見たいと言われることを予想して、すでにサンプルも準備していました。当時、東京の市場でも金葉アカシアはほとんど知られていませんでした。それでも実際に競りにかけてみると、以前のおよそ2倍の値が付き、その後は約3倍の価格で取引されるようになったといいます。

その後、名古屋など別の市場にも取引が広がっていきました。國司さんは、「近いところで売る」ことにこだわりません。県内より東京の方が高く評価されるのであれば、東京へ送る。さらに、その商品が東京から関東や東北へ流通していくことまで考える。國司さんが見ているのは、距離ではなく需要です。

つまり、「売れない商品」ではなく、「売る場所が違う商品」かもしれない。
この発想が、周防大島から全国へと販路を広げてきました。


⑦「みかん+花木」で、一年を通して仕事をつなぐ

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

みかん農家には、どうしても収入が特定の時期に集中するという課題があります。國司さん自身も、年間を通して見ると収入がほとんどない月があることに気づきました。そこで考えたのが、みかんだけではなく、花木や加工品を組み合わせる農業です。

みかんの作業が一段落した時期にはアカシアを出荷し、その後は桜やミモザ、ユーカリへ。さらに、みかんジュースやレモン果汁の販売にも取り組みます。國司さんは、季節によって仕事を変えていくことを「ジョブチェンジ」と表現していました。しかし、花木を育てる目的は、みかんをやめるためではありません。國司さんの基本は、あくまで「みかん農家」です。

みかん農業をこれからも続けていくために、花木という別の収入の柱を持つ。それが「みかん+花木」という複合経営です。新しいものへ置き換えるのではなく、受け継いできたものを続けるために、新しいものを加えていく。ここにも國司さんらしい考え方があります。


⑧コロナ禍で、「捨てていた30cm」が商品になった

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

コロナ禍は、花の業界にも大きな影響を与えました。結婚式や冠婚葬祭などが減り、大きな花束の需要も大きく落ち込みます。しかし國司さんは、そこで「売れなくなった」で終わりませんでした。東京の花屋や市場の動きを見ながら、何が変わっているのかを観察します。すると、大きな花束ではなく、小さな花束や、自宅に飾るための花の需要が増えていることに気づきました。

それまで國司グリーンでは、長く大きな枝を商品として出荷していました。ところが花屋では、その枝を短く切って、小さな花束に使っています。それなら、最初から短い枝を商品にすればいい。それまで30cmほどの短い枝は、場合によっては捨てていました。しかし、短い枝なら箱に多く入ります。輸送効率も上がり、出荷本数も増やせます。結果として、今まで価値がなかった部分から、新しい売上が生まれました。

出荷本数は約2万本から5万~6万本規模へ増え、平均単価を維持しながら花木部門の収入も伸びていきました。ここでも、スーパー時代に教わった「捨てる部分をどう商品に変えるか」という考え方が、そのまま生きています。

環境が変われば、商品も変える。
需要が変われば、売り方も変える。

コロナ禍での國司さんの対応は、「変化を見る農業」の象徴でもありました。

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー


⑨一人の成功ではなく、周防大島を「花木の産地」へ

國司さんの取り組みは、自分一人がアカシアを売って成功するところで終わっていません。2024年、「周防大島花木生産組合」が動き始めました。実は、まったく新しく生まれた組合ではなく、30年以上前に周防大島に存在していた花木生産組合の復活です。その背景には、これから農業を始める人たちに、自分が経験してきた販路や収入づくりの方法を伝えたいという思いがあります。國司さんは、自分が開拓してきた市場を、組合員にも紹介していきたいと考えています。しかも、その間に自分が入ってマージンを取ることを目的としているわけではありません。

「そのための組合」と話していたのが印象的でした。

自分が十数年かけて経験した苦労を、次の農家が一からすべて繰り返す必要はない。みかんを育てながら、空いた時期には花木を育てる。そして、すでに開拓された市場へ届ける。一人の農家の成功事例を、地域全体の農業モデルへ変えていく。

國司さんが目指しているのは、「國司グリーンを大きくすること」だけではなく、周防大島を新しい花木の産地にしていくことなのだと思います。


⑩受け継いだ農業を残すために、変わり続ける

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

國司さんは、若い農家の育成や周防大島みかんカレッジ、子どもたちへの花のアレンジ体験、ミモザなどの直送販売にも取り組んでいます。観光農園についても、現在はまだ実施していませんが、今後の観光の動き次第では取り組みたいと話していました。その一方で、農業を取り巻く環境は確実に変わっています。國司さんが子どもの頃、12月のみかん収穫にはジャンパーが必要でした。

今では冬でも暖かい日が増え、みかんの甘さに関係する寒暖差も昔とは変わってきています。かつて周防大島で多く獲れていたタコも、現在は状況が変わっているといいます。農業も漁業も、自然を相手にする仕事です。昔と同じものを、昔と同じ方法でつくり続ければ守れるとは限りません。だからこそ、受け継いできたものを大切にしながら、時代に合わせて新しい方法を加えていく。

國司さんの農業は、「受け継ぐ農業」と「新しくつくる農業」を両立することなのだと感じました。


援むすび山口が見つけた「國司グリーンを選ぶ理由」

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

今回の取材を終えて、國司グリーンの一番の魅力は、「珍しい金葉アカシアを育てていること」だけではないと感じました。國司さんは、地域に昔からあるものを、そのままの価値で見ません。

ジュース原料として安く取引されていたみかんも、防風林として切っていたアカシアも、短すぎて捨てていた枝も、見方を変えれば商品になります。さらに、その商品を「山口県で売れないから売れない」と考えるのではなく、必要としている人がいる場所まで届ける。

東京で評価されるなら東京へ。
市場が変われば市場を変える。
需要が変われば、商品の形も変える。
そして、自分が見つけた方法を、次の農家にも伝えていく。

今回の取材から見えてきた、國司グリーンを選ぶ理由。

それは、「周防大島にあるものの価値を見つけ、農業として続く仕組みに変えていること。」だと思います。國司さんは、単にアカシアを育てている人ではありません。受け継いだみかん農業を大切にしながら、地域に眠っている価値を見つけ、新しい市場と結び、次の農家へ渡していく。言い換えれば、周防大島の“選ばれる理由”を、農業からつくっている人。そんな人物像が、今回の取材から見えてきました。


取材の舞台その1・島レストランtane

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

今回のインタビュー前半は、周防大島にある「島レストランtane」で、食事をいただきながら行いました。料理が運ばれてくる合間にも、國司さんの話は、みかん農業からアカシア、市場での販売、みかんジュース、そして周防大島での人とのつながりへと次々に広がっていきます。

國司さんとお店には以前からつながりがあり、みかんジュースを持ち込んだことをきっかけに販売へとつながったという話も聞くことができました。生産者が育てたものを地域のお店が知り、扱い、お客様へ届ける。「地域の中で、人と人、商品と場所がつながる」。援むすび山口が大切にしている地産地消の姿を、取材の場そのものでも感じる時間となりました。

取材の舞台その2・國司グリーンのみかん畑

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

食事を終えた後は、國司さんに案内していただき、実際のみかん畑へ向かいました。

海と山がすぐ隣り合う周防大島らしい景色の中、斜面には段々畑が続いています。國司さんの畑も、倉庫の周辺から山側へ何段にも広がり、その土地を生かしながら、みかんと花木を育てています。レストランで農業や市場の話を聞いた後、実際に畑に立ってみると、國司さんが話していたことが一つひとつ現実の風景として見えてきました。日当たりの良い斜面、水はけの良い土地、海から届く潮風。周防大島のみかんのおいしさを育てる恵まれた自然環境がある一方で、農業はその自然と常に向き合わなければならない仕事でもあります。取材に訪れた日も厳しい暑さが続いており、國司さんから「長い間まとまった雨が降っていない」という話を聞きました。幸い、國司グリーンの作業場近くには水の枯れない川があり、そこから水を引いて畑へ与えているとのことでした。

ただ、実際に段々畑を歩いてみると、水を与えることひとつをとっても簡単ではないことが分かります。平地の畑とは違い、斜面に連なる一段一段のみかんの木を見ながら、水を届け、状態を確認していかなければなりません。その後、周防大島では8月の降水量が観測史上初めて0ミリとなり、少雨と猛暑によるみかんの「日焼け」被害が出ていることが報じられました。取材中にも、國司さんから日差しによる果実へのダメージや、みかんの日焼けを防ぐために使用する「ホワイトコート」、実の状態を見ながら行う摘果について教えていただきました。

私たちが店頭で見る一個のみかんの向こう側には、こうした日々の仕事があります。

周防大島は、県内を代表するみかんの産地です。しかし、どれほど恵まれた土地であっても、毎年同じ条件で農業ができるわけではありません。雨が少なければ水を与え、日差しが強ければ果実を守り、台風が来れば風と向き合う。その年、その日の自然を見ながら、人の手で支えていくのが農業です。今回、実際に畑を歩いたことで、「自然の恵みで育つ」という言葉の中には、恵みだけではなく、自然と付き合い続ける生産者の仕事があることを改めて感じました。食卓で「なぜ、この農業をするのか」を聞き、畑に立って「なぜ、この土地なのか」を知る。國司さんが取り組む「みかん+花木」という農業も、単なる経営手法ではありません。

周防大島の風土を受け入れ、自然の変化と向き合いながら、受け継いできた農業を次の時代へ残していくために生まれた、一つの答えなのだと思います。


② 援むすび山口ぶっちゃけインタビュー!

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

農業や経営の話から少し離れて、國司崇生さんの素顔についても聞きました。みかん農家の國司さんですが、個人的に大好きな農産物は「梨」。中でも幸水が好きで、「梨狩りに行きたいくらい」と話すほどです。

思い出のソウルフードとして話に出たのは、かつて周防大島で親しまれていた「たちばなやのいりこラーメン」。現在おすすめする一品として挙げてくれたのは、竜崎温泉の「いりこそば」でした。

そして、おすすめの場所は「竜崎温泉が見える丘」。取材後、実際に案内していただきました。目の前には瀬戸内の海が広がり、背後には山とみかん畑が続きます。海と山がこれほど近くにあることも、周防大島らしい風景の一つです。

そして國司さんは、大の阪神タイガースファン。お父様の影響もあり、本人いわく「生まれる前から阪神ファン」。中学・高校時代には長距離の陸上競技に取り組み、その後はサッカーにも関わり、長年、少年サッカーの指導や運営にも携わってきました。市場へ一人で電話をかけ、新しい販路を切り拓く行動力を持ちながら、実は人をまとめ、チームを動かす経験も長い。現在、さまざまな農業団体でまとめ役を担っている姿にも、その経験がつながっているように感じました。

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー


③ 中村店長の「山口直送!トリビアな話」を教えて下さい!

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

今回、國司さんに「周防大島のトリビア」を尋ねると、やはり話は金葉アカシア「ツトム」へ。世界各地から数多くの花が集まる東京・大田市場。國司さんによると、その市場へ金葉アカシアを出荷している生産者は、自身だけだといいます。

もともとは、周防大島のみかん畑を守る防風林。

そこから生まれた一本の枝変わりが、30年以上の時間を経て、今では全国の花市場へ届けられています。地元に暮らしていると、あまりにも身近すぎて価値に気づかないものがあります。けれど、その土地を一歩離れて見れば、それは誰かにとって特別なものかもしれません。

知ると好きになる。知ると、その土地の見え方が変わる。

周防大島には、まだ私たちが知らない「当たり前の中の宝物」が、たくさん眠っているのかもしれません。

國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー


取材後記|援むすび山口編集長/地産地消プロデューサーとして

今回、國司さんの話を聞きながら、何度も考えさせられたことがあります。それは、「地域には、まだ価値になっていないものが、どれだけ眠っているのだろう」ということです。

みかん畑を守るための防風林だったアカシア。
短くて捨てていた枝。
ジュース原料として安く取引されていたみかん。

周防大島では当たり前だったものが、見方を変え、届ける場所を変えることで、全国で求められる商品になっていました。私は普段から、「どう売るかを考えるのではない。なぜ選ばれるのかを考える。」ということを大切にしています。今回の國司さんの農業を見ていると、それは農業でも同じだと感じます。売れないから価値がないのではない。もしかすると、まだ価値を見つけられていないだけかもしれない。あるいは、その価値を必要としている人と、まだ出会っていないだけかもしれません。

地産地消というと、「地元でつくって、地元で消費する」という言葉だけで捉えられがちです。しかし私は、それだけではないと思っています。地域にあるものを知り、その価値を見つけ、生産者と事業者、人と人を結び、新しい使い方や新しい市場をつくっていく。それもまた、地産地消を未来へつなぐ一つの方法ではないでしょうか。國司さんは、受け継いだみかん農業を捨てて、新しいことを始めたわけではありません。

みかん農業を残すために、新しい選択肢をつくった。

ここが、とても大切だと思います。守ることと、変えることは、反対ではない。

残したいものがあるからこそ、変わらなければならないこともある。

今回、周防大島の畑に立って、私はそんなことを感じました。援むすび山口がこれからも見つけていきたいのは、有名なものだけではありません。その地域では当たり前すぎて、まだ誰も価値に気づいていないもの。そこにいる人自身も「こんなもの」と思っているもの。そんな“小さな価値”を見つけ、人と人を結び、新しい「選ばれる理由」に変えていく。

あなたの当たり前が、山口県の魅力となる。

今回の國司さんの取材は、その言葉の意味を、改めて教えてくれたように思います。


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國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー

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國司グリーン/周防大島花木生産組合
 國司崇生さんインタビュー


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