取材日:2026年2月10日
聞き手:新井道子アナ

①市役所最上階。思わず声が出た。
市役所最上階の展望回廊に立った瞬間、思わず声が漏れました。
「え、海、こんなに近かったんですね。」
ガラス越しに広がる瀬戸内の穏やかな海と、その向こうに続く空を見た瞬間、「ここはただの行政の場所ではない」と感じたのです。
この景色を毎日見ながら、まちの未来を考えている人がいる。
そう思うと、防府というまちの印象が、静かに変わり始めました。




②「防府といえば?」の答えが、ブレない
「市長、防府といえば?」
そうお聞きした瞬間、返ってきた言葉は迷いがありませんでした。
「歴史のまちです。」即答でした。
観光でも、食でも、産業でもない。“歴史”。
その一言に、防府の軸を感じました。
流行を追わない。
ブームに乗らない。
積み重ねた時間そのものが、まちの価値になっている。
このまちは、後付けではなく、積層でできているのだと。




③観光こそ地産地消
このインタビューの中で、最も印象に残った言葉があります。
「観光が一番の地産地消です。」
最初は少し意外でした。地産地消といえば、農産物や水産物を思い浮かべます。
でも、市長は続けました。
「ゴルフ場は後から作れます。テーマパークも作れます。でも、1300年の歴史は作れません。」
なるほど、と思いました。
観光とは、外から人を呼び込むことだけではない。
市民が、自分のまちの歴史を“消費する”ことでもある。
防府天満宮へ行く。
毛利氏庭園を歩く。
周防国分寺を訪ねる。
その体験を通して、自分のまちを知る。
それはまさに、思想としての「身土不二」を、行動として実践する地産地消なのだと感じました。
防府の観光は、外向きのアピールではなく、内側から育てるもの。
市民が防府ファンになること。それが、このまちの戦略でした。




④「これは、すごいぞ!」
市長室にあったポスターには、こう書かれていました。
「これは、すごいぞ!」
その下には、大きな数字。
1。
100。
4,000。
25,000。
最初は意味がわからなかったその数字が、話を聞くうちに立体的に見えてきました。
日本で最初の天満宮。
創建以来場所を移していない全国唯一の国分寺。
4,000株の紫陽花が咲く阿弥陀寺。
25,000坪の毛利氏庭園。
これは誇張ではありません。事実です。
防府は、声を張り上げなくても“すごい”材料が揃っている。
そして市長は、その事実を淡々と語る。
その姿が、むしろ強さに見えました。



⑤防府の“食の哲学”を語るとき
話題が食に移ると、市長の目の奥が変わります。
柑橘の品種を語り、
米の等級を説明し、
牛の血統の話まで自然に出てくる。
そして、防府の名物「天神鱧」。
「料理になって初めて天神鱧なんです。」
素材は西京鱧。しかし、技術がなければブランドにならない。
だからはも塾で人を育てる。ブランドは名乗るものではない。育てるもの。
この一言に、防府の姿勢が凝縮されていました。
さらに話は練り物へ。
白銀。
それは単なるかまぼこではありません。
防府の人にとって白銀は、
“きちんと気持ちを伝えるときに選ばれるもの”。
重みがあり、品があり、
手にした人が「大切にされている」と感じる存在。
食は味だけではない。
そこには文化と姿勢がある。
防府の食は、“哲学”をまとっていました。

⑥子育て支援じゃない。子ども支援。
教育の話になると、市長の声が一段と力強くなりました。
「子育て支援じゃない。子ども支援です。」
全小学校の体育館にエアコンを同時に設置する。
インクルーシブ遊具を同時に整備する。
順番ではなく、同時。なぜか。「子どもは平等だから。」
転校しても環境が変わらない。どの地区でも同じ条件。その徹底は、理念ではなく実行でした。
未来への投資とは、こういうことなのだと、胸を打たれました。


⑦そして、はじまった“防府さんぽ”
これまでの首長インタビューは、基本的に室内。
市長室で、落ち着いて、じっくりと。
それももちろん良い。けれど今回は違いました。
「外に出ましょう。」
そう提案したのは、池田豊市長ご本人でした。
市長室でのインタビューを終えたあと、防府天満宮へ“ロケ”に向かう一行。
援むすび山口としても、初の屋外ロケ。
空の下で語る首長インタビューは、いつもより少し、距離が近く感じられました。


⑧なぜ、防府さんぽだったのか?
「市長室で話すのもいい。でも、実際にその場所に行った方が伝わるでしょう。」
市長はそう言いました。休日でも、市内を散歩されるという市長。
メバル公園にも、競輪場にも、天満宮にも、
自ら足を運び、子どもたちや市民の様子を見に行く。
“机上のまちづくり”ではなく、
“歩くまちづくり”。
だからこその発想でした。実際にその空気を吸い、その場所に立ち、その景色を見ながら話す。
それが、防府の魅力を一番伝えられる方法だと。


⑨防府天満宮・鈴木宮司との対談




石段を上がりながら語る、1125年の重み
初の屋外ロケ。市長室を出て、防府天満宮へ。
防府天満宮の石段を上がると、
境内で鈴木宮司が待っておられました。
会議室ではなく、境内から始まった対談。
御神忌1125年式年大祭の話。
裸坊祭の話。
そして、防府というまちの誇り。
1125年という時間。
それは数字ではなく、“途切れなかった時間”。
歴史は動かない。でも伝え方は進化する。
守るだけではなく、今に接続する。


市長と宮司の言葉は、行政と神社という立場を超えて、“防府の時間をどう未来へ渡すか”という共通の問いに向いていました。
石段の勾配。
境内の広さ。
梅のつぼみの匂い。
歩きながら聞く言葉は、空気をまとい、重みを帯びます。
「行ってみないと、わからない。」
その通りでした。
防府天満宮は、写真ではなく、立ってこそ伝わる場所。
だからこそ、観光こそ地産地消なのです。





⑩歴史のまちの、もう一つの鼓動。KEIRINパークへ
防府天満宮をあとにし、次に向かったのはKEIRINパーク。
正直に言えば、競輪場に足を運ぶのは初めてでした。
けれど、バンクを目の前にした瞬間、思わず声が出ました。
「これ、立てますか?」1周333メートルの“33バンク”。
全国でも珍しい距離で、コーナーの傾斜も独特です。
「狭いから、駆け引きが面白いんです。」
そう語る市長の目は、少年のように輝いていました。
競輪は、単なる公営競技ではありません。
ここから全国へ“防府”の名が発信され、若い選手が育ち、
スポーツとしての誇りが積み重なっていく場所です。
防府が誇る1300年の歴史が“時間の厚み”だとすれば、競輪場は“今、この瞬間の鼓動”。


そしてその敷地内に、2024年10月、新たな公園「KEIRINパーク」が誕生しました。
波のように起伏するパンプトラックコースでは自転車が走り、ふわふわドームでは子どもたちが跳ねる。すべり台や複合遊具には、笑い声が広がる。
この日、市長も、新井道子アナも、中村店長も、思わず大はしゃぎ。
歴史を語ったその同じ日に、子どもたちの未来を見守る。
防府は、過去だけのまちではありません。“今”を動かしているまちです。
競輪のスピードと、子どもたちの笑顔。KEIRINパークは、防府の現在を象徴する場所でした。


⑪そして、雨が落ちた
すべての撮影と対談が終わった、その瞬間でした。
ぽつり。空から雨が落ちました。
午前中は持ちこたえていた空が、まるで“ここまで待っていた”かのように。
「やっぱり晴れ男ですね。」そう声をかけると、市長は笑いました。
「私が参加する行事で雨が降った事は、ほとんどない(笑)」
偶然かもしれない。でもあの日の防府は、確かに“持っている”空気をまとっていました。
市長室での言葉も重い。でも、歩きながらの言葉は、もっと重い。
防府を語るなら、やはり歩かなければいけない。そう感じた、初の屋外ロケでした。

②援むすび山口ぶっちゃけインタビュー!
──池田市長の“山口愛”を教えてください!──


◎ 好きな農林水産物は?
「柑橘です。」迷いがありませんでした。即答です。
理由を尋ねると、さらに即答。「平成7年以降、発熱していません。」
え?
みかんを毎日食べているから。そう言い切るのです。しかも、見ただけで品種も分かる。
等級も説明できる。赤秀と青秀の違いも語れる。
ここまで具体的に語れる首長、そう多くありません。これは“県庁農林水産部仕込み”。
牛肉オレンジ交渉の時代、米の自主流通の転換期、現場で学び、考え、向き合ってきた知識です。
けれど市長は、それを誇るようには語りません。「やっぱり基本は、みかんと牛と米です。」
派手なブランド名ではなく、“基本”。食の根幹を知っている人の言葉でした。
◎ ソウルフードは、お好み焼き
ここで意外な答えが返ってきます。「お好み焼きですね。」しかも、朝昼晩。
高校時代、浪人時代、甲子園中継を見ながら通った“アヒル”という店。
実は市長、子どもの頃は野菜が苦手だったそうです。
でも、お好み焼きなら食べられた。
キャベツを克服したきっかけが、お好み焼き。
野球を観ながら、鉄板を囲む。これが青春。
高校野球の試合をほぼ記憶している市長にとって、野球とお好み焼きは切り離せない。
防府の歴史を語る市長の原点は、実は“鉄板の前”にあったのかもしれません。


◎ 池田市長の“素顔”を教えてください。
ここからが、本当に意外でした。「写真をほとんど撮らないんです。」
え?今の時代に?
スマートフォンは持っている。でもSNSはしない。旅行に行っても、ほとんど撮らない。
「頭の中に残した方がいい。」代わりにするのは、地図を見ること。
小学校四年生の修学旅行はどこへ行ったか。
高校二年の夏はどこを歩いたか。
何年にどこへ出張したか。
すべて言えるというのです。
しかも、そのときの天気や空気感まで。これ、ただの記憶力ではありません。
市長は言います。「みんな覚えていると思っていました。」
いや、覚えていません(苦笑)普通は覚えていません(苦笑)
さらに驚いたのは、県庁時代の会議のやり取りや、当時の判断理由まで話せること。
資料は捨てる。でも、頭に残っている。写真よりも、体験の記憶。
この“記憶の蓄積”が、今の判断の土台になっている。そう感じました。

◎ もう一つの素顔



そしてもう一つ。高校野球検定保持者。
しかも、自分が小学生のとき観戦した甲子園の決勝戦に、観客席で写っているという奇跡。
スコアを見れば、どの試合か分かる。あの大会、あの回、あの選手。
全部、頭の中。
防府の歴史を語るときの“数字の強さ”は、もしかするとここから来ているのかもしれません。
行政マンであり、観光戦略家であり、そして、ずっと野球少年。
この“熱量”が、防府を動かしている。そんな気がしました。


取材後記|援むすび山口編集長/地産地消プロデューサーより
防府は、「新しい何かをつくろうとしているまち」ではありません。
「すでにある価値を、本気で信じているまち」でした。
歴史がある。
国宝がある。
天満宮がある。
そして、それを日常として歩いている市民がいる。
市長の言葉で最も印象に残ったのは、「観光が地産地消なんです。」という一言でした。
地元のものを買うことだけが地産地消ではない。自分のまちの歴史や文化を、まず自分たちが体験し、誇ること。それこそが、観光の地産地消。
防府は、静かにすごい。派手ではない。でも、確かな積み重ねがある。
援むすび山口として大事にしていることがあります。
「知ると好きになる。
知ると美味しくなる。
好きになると逢いに行きたくなる。」
今回の防府取材は、まさにそれでした。正直に言えば、「防府って何があるの?」と思っている県民は少なくありません。しかし歩き、聞き、確かめた今、私ははっきり言えます。
防府は、静かにすごい。派手さはない。でも積層がある。
そして何より、それを本気で信じている人がいる。
だから、防府は強い。今回、初の屋外ロケという形で、防府を“歩く”ことができました。
市長の言葉が忘れられません。
「行ってみないと、わからない。」
歩いて、見て、感じる。それが、地産地消の第一歩。
援むすび山口は、これからも“歩いて確かめる編集”を続けていきます。

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