取材日:2026年2月26日
聞き手・取材・文・撮影/援むすび山口編集長・地産地消プロデューサー 重村光寛


カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂

カンロ株式会社 ひかり工場長 花村正門さん
なぜ、あの一粒は光市でなければ生まれなかったのか。

日本人であれば、一度は口にしたことがあるはずです。

持久走大会のあと。
水泳大会のあと。
子ども会のお菓子袋の中。

当たり前のように入っていた、あの甘じょっぱい一粒。
けれど私たちは、その“背景”をほとんど知りませんでした。
今回、援むすび山口は、カンロ株式会社
ひかり工場を訪ね、工場長・花村正門さんにインタビューを行いました。

そして確信しました。

カンロ飴は、単なるロングセラー商品ではありません。
光市という土地が生み出した、物語そのものです。


カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂

① カンロ飴の発祥―「醤油を飴にする」という挑戦

カンロ飴の原点は1912年創業の宮本製菓所です。
戦後、日本はまだ豊かではありませんでした。
創業者・宮本政一氏は考えます。

「日本人の味のふるさとを、飴で表現できないか。」

ここで普通なら、黒糖や味噌に行くかもしれません。
しかし彼は“醤油”を選びました。

なぜ醤油だったのか。

それは、日本人にとって最も身近で、
最も記憶に残る味だったからです。
しかし、醤油は高温で煮詰めると焦げます。
飴は高温で炊き上げます。
相性は最悪でした。

何度も失敗します。
焦げ臭い。苦い。商品にならない。
ここで諦めていれば、
カンロ飴は存在していません。

しかし、諦めなかった。

光市の醤油メーカーと協働し、焦げない醤油を一から開発します。
ここが最大の転換点です。
光市に醤油文化があったこと。
技術者がいたこと。
挑戦を受け止める風土があったこと。

この三つが揃ったからこそ、
1955年、カンロ飴は誕生しました。


② 味の正体―たった4つの素材に宿る思想

原材料は極めてシンプルです。

・砂糖
・水あめ
・醤油
・食塩

余計なものはありません。
しかし、重要なのは比率と火入れです。
工場では今も、創業時から受け継ぐ工程思想を守り続けています。
機械は更新されても、熱のかけ方は変えていません。

飴は火で決まる。
温度と時間が味を決める。

その“無駄に見える工程”こそが、味を安定させる核心です。


③ なぜ光市なのか―工業の町が生んだ甘じょっぱさ

光市は工業の町です。
日本製鉄をはじめ、現場で汗を流す人が多い土地です。
汗をかく。
塩分が必要になる。
甘いだけでは足りない。
そこに“塩味”が加わる。

甘じょっぱい味は、理にかなっています。

さらに、光市には醤油メーカーが存在していました。
焦げない醤油を共に開発できる環境がありました。

人。
風土。
技術。

身土不二。

土地が違えば、この味は生まれなかったかもしれません。
カンロ飴は、光市の環境があったからこそ生まれたのかもしれません。


④ 全国ブランドとローカルの誇り

現在、カンロはキャンディメーカーとして全国的に知られています。
グミ市場でもトップクラスの存在です。
しかし、飴の生産は今もひかり工場で続いています。

グミは長野県の松本市・朝日村。
飴のほとんどが山口県光市。

山口県民にとっては「当たり前」。
県外では「甘じょっぱい飴」。

この差を埋めるのが、物語です。
カンロ飴は、光市のソウルフードです。
持久走大会のあとに配られた飴。
水泳大会のあとに舐めた飴。
子どもの頃の記憶に残る味。
まさにそれがソウルフード


⑤ 次世代へ―味の記憶は消えない

現在の購買層は50代以上が中心です。しかし花村工場長は言います。
「人は必ず年を取り、味の記憶に戻ります。」
子どもの頃に舐めた味は、大人になっても消えません。

夕暮れ時に一粒。
仕事終わりに一粒。
塩分補給に一粒。

カンロ飴は、お菓子でありながら、日常に寄り添う存在として広がっています。

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂


⑥ カンロ飴食堂―飴という概念を壊す挑戦

光市では「カンロ飴食堂のまち ひかり」プロジェクトが進んでいます。
飴を調味料として使う。

肉じゃが。
炊き込みご飯。
プリン。

考えてみれば、砂糖・水あめ・醤油・塩。
これは和食の基本構造です。
飴という先入観を外した瞬間、
カンロ飴は調味料になります。
これは単なるPRではありません。
食文化の再編集です。


【潜入】カンロひかり工場!ここから先は“本気の世界”

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂

白い作業着。
キャップ。
マスク。
眉毛に粘着テープ。
全身にローラー。

動画通りの手洗い。
エアシャワーで全身洗浄。
ここまでやるのか。
いや、やらなければならないのです。
これは「地方の食品工場」ではありません。
全国トップメーカーの基準です。
甘い香りの裏側にあるのは、
徹底した緊張感でした。

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂
※取材のため、工場の許可を得て特別に撮影機材を持ち込んでいます。


火がすべてを決める

中に入ると、砂糖と水あめの甘い香りが漂います。
しかし、そこは優しい世界ではありません。
飴は火で決まります。
温度が少しでも違えば、味が変わる。
焦げれば終わり。
あの甘じょっぱい一粒は、
偶然できた味ではありません。
何十年も守られてきた、
火入れの思想です。
創業者の知恵が、今もラインの中に生きている。
それを目の前で見た瞬間、
私は鳥肌が立ちました。

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂


ロープ状の飴が、命を持つ瞬間

炊き上がった飴は、
ロープのように長く伸びます。
それが冷却され、成形機へ。
ころころと転がりながら、
あの丸い粒へと変わっていきます。
あの帯状のライン。
あのサイズ感。
実は形を変えることも可能だそうです。
ハート型にもできる。
それでも丸を守る。

なぜか。

“変えない勇気”があるからです。
歴史を守る覚悟があるからです。


出来立てを口にした瞬間

製造工場内で、出来立てのカンロ飴をいただきました。
温かい。そして、味が濃い。

いつも舐めているカンロ飴とは、
どこか違う。

ああ、これは“火の味”だ。
そう感じました。
この一粒に、光市の挑戦と誇りが詰まっている。

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂


1日130万粒という現実

ひかり工場で生まれるカンロ飴は、
1日約130万粒。
袋にすると約7万袋。

一方、工場全体では、さまざまな飴を合わせて1日40トン以上を生産。
働く人は約200人。
これが、光市で動いている現場のスケールです。
これを見て、私は初めて理解しました。

カンロ飴は“商品”ではありません。
光市の産業です。


手作業の時代から続く誇り

展示パネルには、
かつて女性たちが手で成形していた写真がありました。
暑い工場で、一粒一粒を手作業で。
その技術を機械へと進化させた。
けれど、思想は変わっていない。
火のかけ方も、冷やし方も、
創業者の考え方がそのまま生きています。
進化しても、原点は失わない。
これが“本物”です。


カンロ100年の歴史を体感できる資料館

カンロひかり工場には、100周年事業の一環として誕生した資料館
 「CANDY PARK ヒトツブのヒカリ」 があります。
館内では、写真やパッケージ展示、
映像などを通してカンロの100年の歴史を分かりやすく紹介。
創業当時の光市の街並みを再現した「カンロのむかし」ゾーンや、
歴代商品のパッケージが並ぶ「カンロのいま」ゾーンなど見どころも豊富です。

懐かしすぎる歴代パッケージ

「カンロのいま」ゾーンでは、
歴代商品のパッケージがずらりと並びます。

ピンクレディーのパッケージ。
ナッツボン。
Bee玉CANDY。
ピュレグミシリーズ。

日本人の記憶に残るパッケージが
まるでアートのように展示されています。

【ぶっちゃけインタビュー】

カンロを支える“人”の素顔
工場の話を聞けば聞くほど、
気になるのは“人”でした。
あの味を守り続けているのは、誰なのか。
そこで、少しだけぶっちゃけ質問をしてみました。

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂


カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂

■ひかり工場長 花村正門さん

一見、穏やかで冷静。
しかし、話していくうちにわかりました。
この方、内側に熱を持っています。

好きな山口の特産品

「周防大島のみかんが好きですね。」
さらりと言われましたが、食べ比べをするほどの本気。
光市だけでなく、山口県全体を愛しているのが伝わります。

思い出のソウルフード

長野県松本市出身の花村さん。
地元の“山賊焼き”がソウルフードだそうです。
鶏もも肉を丸ごと揚げる豪快な一品。
実は山口の山賊焼きとはまったく別物。
こういう話が、人柄を出します。

山口で好きな景色

「萩城の横の海岸から見る日本海が好きです。」
工場長という立場ながら、
海を語るときは少し少年の顔になりました。

実は

観葉植物を育てる穏やかな一面。
そして……..
実は80~90年代のハードロック好き。
ボン・ジョヴィ世代。
静かな外見の奥に、ロックな魂がある。
これが面白い。


カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂

■マーケティング本部CX推進部 高田橋輝一さん

若く、爽やか。
しかし話す内容は非常に冷静で、分析的でした。

好きな山口の食

「かまぼこですね。初めて食べたとき衝撃でした。」
県外出身だからこそ見える山口の価値。
弾力の違いに驚いたという率直な感想が印象的でした。

思い出のソウルフード

東京・練馬出身。
「練馬スパゲッティ」という学校給食メニューが原点。
大根おろしとツナの和風パスタ。
ここでも醤油文化が登場します。
偶然か、必然か。

素顔

バスケットボールが趣味。
今も定期的にプレー。
そして、ご新婚。
海外旅行好き。
食品メーカー勤務でありながら、
お菓子に囲まれる環境で自己管理。
マーケティング担当らしく、
現代の消費者視点を持ちながらも、どこか素直さがある。


■カンロ飴トリビア

「のど飴」という言葉を生んだ会社
「のど飴」という言葉を菓子商品として最初に使ったのはカンロです。
現在では当たり前に使われている言葉ですが、その発想はカンロから生まれました。

「ピンクレディー」より先に存在した名前
カンロには1961年に「PINKREADY(ピンクレディー)」という商品名がありました。
その後、1978年には人気アイドル「ピンク・レディー」の3種類のパッケージが登場し、話題となりました。

グミは時代を先取りしすぎたお菓子だった
今では定番のお菓子になったグミですが、カンロが発売した当初はほとんど売れませんでした。
ヒットするまでに約10年かかったと言われています。

④カンロ飴は1日約130万粒作られている
ひかり工場では、カンロ飴だけで1日に約130万粒を生産。
袋にすると約7万袋という規模になります。光工場全体では、1日に40トン以上の製品を製造しており、そのうちカンロ飴が約4分の1を占めています

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂


■取材後記

地産地消プロデューサーとして感じたこと

今回、光市にある
カンロ株式会社 ひかり工場を訪ね、工場長の花村正門さん、そしてマーケティング本部CX推進部主任の高田橋輝一さんにお話を伺いました。

正直に言えば、カンロ飴は山口県民にとって“当たり前すぎる存在”でした。
持久走大会のあと、水泳大会のあと、子ども会のお菓子袋の中。そこに自然と入っていた、あの飴です。

しかし今回の取材で分かったことがあります。
カンロ飴は、ただのロングセラー商品ではありません。

光市の醤油文化、工業の町としての技術力、そして諦めずに挑戦した人たち。そのすべてが重なって生まれた、まさに“光市の物語”でした。

さらに驚いたのは企業としての成長です。
2025年の売上高は 約347億円。山口県から生まれた企業が、今や日本を代表するキャンディメーカーへと成長し、世界にも広がっています。

それでも、カンロ飴は今も光市で作られています。

本社は東京。
グミの工場は長野。

それでも、「飴は光」
創業の地を守り続けているのです。

私は地産地消プロデューサーとして改めて思いました。
地産地消とは、単に地元のものを地元で消費することではありません。

その土地で生まれた理由を知り、その土地の物語を理解し、誇りを持つこと。

カンロ飴は、まさにその象徴です。

山口県には、まだまだこうした誇るべき物語が眠っています。
それを掘り起こし、伝えていくこと。それが援むすび山口の役割だと、改めて感じた取材でした。

知ると好きになる。知ると美味しくなる。好きになると、逢いに行きたくなる。

援むすび山口は、これからも山口県の魅力を結んでいきます。

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂


カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂

「カンロ人気商品詰め合わせセット」2名様 にプレゼント!

長く愛され続けるカンロの人気商品を詰め合わせた
「カンロ人気商品詰め合わせセット」を 2名様 にプレゼント!

やさしい甘さでおなじみの「カンロ飴」をはじめ、
世代を問わず人気のキャンディを詰め合わせた特別セットです。

今回の取材では、原料へのこだわりや徹底した衛生管理、
そして品質を守り続ける製造現場の姿を間近で見ることができました。

その安心とおいしさが詰まったカンロの人気商品を、
ぜひご自宅で味わってみてください。

カンロ飴・カンロ株式会社・ひかり工場・カンロ飴食堂
※写真はイメージです。プレゼント内容とは異なる場合があります。


応募は「援むすび山口 公式LINE」から
友だち追加後に表示される応募フォームよりご応募ください。

◎ プレゼント応募はこちら

◎ 公式LINEはこちら


山陽小野田市・藤田剛二市長・Aスクエア・スマイルシティ・おのだサンパーク・花の海・おのだネギ三昧

山口県の「地産地消」をもっと愉しもう!援むすび山口
投稿ご覧頂きありがとうございます

山口県の地産地消を愉しむためのWEBマガジンです。7つのカテゴリを通じて多くの人々に発信しています【 #農林水産物 #生産者 #観光スポット #特産品 #グルメ #ソウルフード #食育フードロス 】

◎ 山口県の「地産地消」をもっと愉しもう!
◎ 取材のご協力お願いします
◎ スポンサー募集中!

援むすび山口 事務局
〒751-0822 山口県下関市宝町5-1 有限会社デザインATOZ内
TEL 083-250-7724

——————————◎——————————

◎ 援むすび山口ホームページ[公式]
◎ プロダクションノート
◎ Instagram
◎ X
◎ TikTok@oh_enmusubi
◎ ヤスベェの援むすびチャンネル

——————————◎——————————

#山口県 #19市町
[西部] #下関市 #山陽小野田市 #宇部市
[北部] #長門市 #美祢市 #萩市 #阿武町
[中部] #防府市 #山口市
[東部] #周南市 #下松市 #光市 #田布施町 #平生町 #上関町 #柳井市 #岩国市 #和木町 #周防大島町